2013年07月05日

「大人しい」は、過保護と過干渉の結果かもしれない。

過保護と過干渉ー甘やかしと勇気くじきといってもいいかもしれません。

弊害については、皆さんも思い当たることはたくさんあることでしょう。

でもなかなか思いつかない弊害の一つに「大人しい」が挙げられます。

この場合の「大人しい」は、「静かな環境が好き」といった嗜好の問題ではなく「自分の気持ちや意見を言わない」ということです。

「言えない」と言い換えてもいいかもしれません。

人は一人で生きていくことはできないわけですので、家族、学校、職場などなんらかの集団に属しています。自分の居場所を見つけて周囲の人とコミュニケーションをとりながら安定して暮らしていきます。

他者とのトラブルを最も嫌う日本人の傾向として「言わない」ことがことをうまく収める方法であるという意識が働いている大人が多いこともあるかもしれません。

「自分の意見を言う」−「他者ともめる」−「嫌な思いをする」−「言わなくなる」

ひどくなると実際の生活で他者との関わりそのものさえ避けるようになっていく。
結果として「大人しい人」になっていく。

そういう大人の持っている暗黙の社会価値が子供のコミュニケーショントレーニングの機会を失わせていることもあると思っています。

本来は、家庭や学校などの社会に出る前の共同体でこのトレーニングを積むはずなのですが、おとなが見本を示せないと子供もどうコミュニケーションをとっていいものやらわからない。

愛と勇気づけの親子関係セミナーSMILEでは、「相手を傷つけずに自分の意見を言う方法」「相手を傷つけずに断る方法」なども取り上げる理由がここにあるのです。

自分はあのいじめられた時期になぜはっきりと嫌だと言えなかったのか?
自分の気持ちをはっきり言えないことで相手がエスカレートしていったのではないか?

今はっきりわかることは
「自分の気持ちを表現すること」=「自分を大事にすること」に他ならないということです。

過保護と過干渉がなぜ「自分の意見を言わない」になるのかについては次回のブログで取り上げますね。
posted by 高橋直子 at 07:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする