2015年03月15日

ロバートの場合ーどうすれば幸福になれるか

先月の仙台勉強会は人数が多かったので二つのグループに分かれて「どうすれば幸福になれるか」を読み合わせて感想をシェアし合いました。

で、それぞれのグループで進度がバラバラになってしまったので今回は一つのグループで「不幸の要因は失望であり、失望は無知が要因である」というところから始めたいと思います。ロバートの場合まで。。

意外とみんなで意見を出し合うとそれなりに読めるもので、皆さんの意見を拝聴しながら感心していました。

以下少々抜粋しておきます。

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たいていの場合、不幸の直接の要因は失望である。そして大半の失望は無知が要因で生まれる。

法を知らなかったからといって犯した罪を免れることができないように、人生においても無知はもやは不幸の言い訳として通用しないだろう。人間性に関わるあらゆることに目覚めて関心を持ち、知識を深め、新しい刺激に対する感受性を磨くことが完璧な人間をつくりあげるという芸術の第一歩である。失望は不幸な人生に共通の特徴である。

残念なことに失望と無知はとくに若い時に多い。本来は若いとき賢く勇気を持って生きることができれば非常に有利になるのだが、ところがわれわれは、批判能力や体力がもっとも低いレベルにあるときに自己彫刻を開始する。われわれがデザインとして借用する理想像は、間違った価値観によって歪められている。成長し学ぶとともに能力もアップするが間違った理想像が無意識のうちに人生のパターンとして固定されたまま残っている。同じようにその理想に到達するテクニックも固定したままである。

われわれの目標もテクニックも、現実とはまったく調和していない。こんな風では不幸である。古い間違ったパターンで古い間違った目標に向かってひたすら努力を重ねていく。不幸が積み重なってどんどん不幸になる。間違った理想、貧弱な技能がお互いに足を引っ張り合うように、とめどもない悪循環を繰りかえすだけである、これこそ無知の悲劇だ。

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「古い間違ったパターンで古い間違った目標に向かってひたすら努力を重ねていく」
ー不幸になる人生を歩む人はライフスタイルについて知り、間違った目標やパターンを変えていくことが求められるということなんでしょう。

「自分の間違いに気が付くこと」−失敗は何度かあると思うけれど、そんなときこそ「勇気づける人」がそばにいてくれること。。ここで「勇気をくじく人」にはならないようにしたい。

私の普段感じていることだけれど、東北の人たちはほかの地域の人たちが想像できないほどの「根深い劣等感」を持っていると思う。そして「震災」がさらにそれを深める結果になったとも感じている。

この劣等感は建設的方向へ行けばものすごい力を発揮することだろう。

だからまず同じ東北の人間として寄り添っていくことを決めたのである。この選択は間違っているかもしれないし間違っていないかもしれない。間違っていたとしても別にかまわない、いつでも方向転換はできるのだから。

最終的に共同体全体への貢献につながればOKと思っている。
posted by 高橋直子 at 05:15| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする