2015年04月17日

他の可能性はありませんか?

先日ある方からこんな相談を受けました。

「わたし、、、嫌われてしまったみたいなんです。。もうショックで頭の中が真っ白になってしまいました。」とおっしゃるので事情をうかがいました。

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仕事がらみで自分の新しく考えたプランを別の会社の第三者に添付ファイルで送ってみた。
しばらくたったが返信がない。
ちょうどある会議でその方にお会いした時に、見てくれたかどうかとお話したら「見てないから。。」と言われた。

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話はこれだけなんですが、「嫌われた」と判断するには、突っ込みどころ満載なお話ですね。

仮にAさんとすると、Aさんはその仕事を始めたばかりで、同じ業種について長いBさんに添付ファイルを送ったということになるわけですが。。

他の可能性はありませんか?
Bさんのおっしゃったことは「見ていないから。」の一言だったわけですが。。

と問うてみた。。

「忙しくてまだ見ていない」の意味かもしれません。
見る時間がないのかもしれません。

「どうして私に?」とBさんは思っているのかもしれません。

もし仮にBさんがあまりいい気持ちがしていないとして
「事前にBさんに見てくれるかどうか許可をとったのかどうか?」
いそがしいのにいきなり企画を見てくれとメールを送ったりしていなかったのか?

相手が答えてくれるという期待が膨らみすぎていなかったのか?
自分の要求に人は応えてくれるものだという考えはなかったのか?

などなどなど、、省みる点も含めて検証の余地はたくさんあると思いました。

「もし、仮にあなたの言っている通りに嫌われていたとして、、あなたには何か実害がありますか?日常生活に困りますか?業務に支障をきたすのかしら?」

「確かに、そう言われればそうですね。。。まだ見ていないの意味かもしれないし、嫌われているとは限りませんよね。。。」

他者に話をするというのは別の視点が与えられるので煮詰まっているときにこそ必要なのですね〜。

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posted by 高橋直子 at 04:44| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月15日

自己軽蔑・自分が嫌い

様々な方たちにオープンに開催していることもあり、いろんな方たちがいらしてくださったり、お問い合わせをいただいたりするのですが、割と頻度が高いのが、「自分が嫌い」自己軽蔑であります。

「さて自分が嫌いっていうことにも(明言する)何かしら狙いやメリットがあるわけよねえ?」
「自分に期待しないでほしい」とか「自分を守るため」かもね〜と。

つらつら考えていたところ梶野さんの「アドラー心理学を深く知る29のキーワード」の本にバーナードシャルマンの言葉が引用してありましたん。

「自己軽蔑を用いる人は、自分自身を非難し、責めるふりをしているに過ぎない。この自己を軽視し、自己を過小評価する行為は、他者からの攻撃や罰から逃れる助けをするであろうから・・・。」

痛い…と感じる方もおられるかもしれませんが、この本の20・軽蔑傾向の最後の一節はさらにノックアウトされます。

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「勇気」のある人ー社会に関心を持ち、十分な共同体感覚を持つことのできている人は、目の前のライフタスクに向き合い、「克服」することだけに集中しています。その「目標」達成へのプロセスに自分の時間の大半を奪われているので、他者への軽蔑や過小評価などに陥っているヒマはありません。簡単に言えば軽蔑傾向を持つ人は、ヒマなのです。目標やその克服が、最初から頭の中にないからです。
どれだけ他者を軽蔑し、自分自身を軽視したとしても現実は変わりません。それより今ある現実の課題に少しでも向き合うことが何よりも近道です。

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posted by 高橋直子 at 05:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月07日

「嫌われてもいい」

「ああ、私ね、別に嫌われてもいいの。」

そう言い放つ人がいる。
一見自分らしさを貫いているように思えるかもしれない。

でもその人にとっての「嫌われてもいい」は自分を無理やり押し通すための盾なのだ。
そしてその盾を使って周りに壁を作りながら「他者との親密な関わりを望んでいないから近づかないで。。」を現している。

「傷つきたくないから。。」「怖いから。。」

うまくいかなかった経験がたったの10回に1回でも、その1回を忘れることができず、他者とよりよく生きる勇気を持つことを避けているのかもしれない。

嫌われてもいいと思っている人は嫌われるように行動する。嫌われるような発言をする。

結果として嫌われる経験をたくさんする。
自分は嫌われるものだという誤った信念が出来上がる。
他者の言動を自分を嫌っているからと解釈するようになる。悪循環が起こるのである。

自分の力を信じていない。自分は今よりもよりよく生きるための能力を持っていることが信じられないのである。そしてやはり無理だという、私にはできないというのである。

やってみることーそれは勇気をくじかれ勇気を持てない人には高い高いハードルに思えるのだろう。
posted by 高橋直子 at 17:11| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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