2015年10月23日

お子さんの力を信じてみませんか?

こんにちは。仙台・盛岡・郡山でアドラー心理学のセミナーを開催しているアドラー東北の高橋です。



自分の子どもが苦労しているのを見るのは親にとって辛いことでしょう。



そのつらさを我慢できずに

親が子供を助けることがあると思います。

しかしそれが子供を甘やかすことになり子供の教育の妨げとなるとしたら・・。

今日はそんなことを書いていきます。



母親が子どもにとって優しい親であることは大事なことでしょう。

しかし「優しい」のと「甘やかす」のは違うのですよね。



甘やかすとは子どもが自分で自分のことをしようとする機会を親が助けることで奪ってしまう事です。



「あなたにはまだ無理よ、できないと思うの。だから私が代わりにやってあげますから。」というわけです。



「この子は私がいないと駄目なのよね、何もできないのよ・・。」と子供を自分に依存させそれによって自分が存在している意味を見出し、自分の価値を高めようとするのです。



そして結果として子供を「親なしでは何もできない」依存的な子どもにしてしまいます。



甘やかされた子どもは親といる時には親に、また社会にでれば社会の仲間に、そして結婚すれば配偶者にパラサイトするのです。



親がすべきは子どもの問題を代わりに解決してあげることではなく、子どもが一人で自分の問題に向き合いそれを解決できるように勇気づけることだけです。



ご相談にいらした方によくこんな言葉をかけます。

「お子さんの力を信じて任せるという選択をしてみませんか?」と。



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posted by 高橋直子 at 16:13| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月22日

失敗から学ぶ

こんにちは。仙台。盛岡、郡山でアドラー心理学のセミナーを開催しているアドラー東北の高橋です。



わたしが子供のころ、父はいわゆる食事中のマナーにとても厳しい人だったので、

我が家の食卓はシーンとしていました。

テレビも消されて黙ってみんな食事をしていました。



時にご飯をこぼしたり、お茶碗をひっくり返したりするとひどく叱られました。

だから粗相のないようにびくびくしながら他の家族も食事をしていました。



とっとと食事を済ませる癖はこんなところから来ているのかもと。。

早く済ませてその場を去って、自分の部屋に籠りたい・・。(笑)



アドラー心理学では失敗は「学びを得るいいチャンス」と捉えますので

もしも今アドラー心理学をベースに食事中を再現したらこんな感じかな・・。



今日あった出来事を家族が話し合いながらのんびり楽しく食事をする。。



幼い兄弟が味噌汁の入ったお茶碗をひっくり返した。。



みんなが「やけどしなかった?大丈夫だった?」と最初に心配する。



台所から布巾を持ってくるように誰かが言って本人に持ってきてもらう。



本人が片付けるのをみんなが待って、(または多少は手伝って。。)

「きれいに片付いたね。お茶碗が滑ったのかな?」と誰かが聴く。



「うん、今度は気を付けるね。」と本人が言う。



またそのままの雰囲気で楽しく食事を続ける。



って感じでしょうか。。

失敗しても次にどうすればいいのかがわかり、気を付けようとこれだったら思えるでしょう。

せっかくの家族が集う食卓・・楽しいといいよね。



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posted by 高橋直子 at 16:43| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月21日

ついついやっちゃう他者比較

こんにちは。仙台・盛岡・郡山でアドラー心理学のセミナーを開催しているアドラー東北の高橋です。

今日は他者比較についてです。



親や教師、そして職場ではよくあるのですが、人に何かを教える時に周囲の子供や兄弟を例にとり比較をしてしまいます。


見本を示して自分の間違いに気づかせたり、あなたはそれに比べて・・・と懲らしめる効果を狙うのです。



ところがされたほうはどうかというと、比較されることにより相手は自信を失い傷つきます。



中学の頃、学校でいわゆるうるさ方と言われる二人の女の先生がいました。

なんでも言いたいことを言い、やりたいようにやり、ほかの先生たちも指摘や注意ができない状態だったのであろうと思います。



自分のクラスのお気に入りの生徒をそれぞれ生徒会の会長に立候補させて争わせたり、まるで二人の女教師の代理戦争のようと生徒も思ってみていました。



高校に入って妹と二人で公園をたまたま歩いていた時に、ばったりその二人の先生に出会いました。

そうしたら

「私は0子が好き。」

「私は0子のほうがいい。」



と、自分が好きなのは私なのか妹なのかをずけずけと言ったのです。



こんなことを平気で言う人たちを先生として尊敬できるでしょうか?



わたしも妹もあきれてしまい、顔を見合わせました。



勉強やスポーツなどで兄弟そろってレベルを上げてやりたい・・そんな気持ちで何気なく

兄弟を競争させていませんか?比較させていませんか?



それは残念ながら全く効果がなく、逆に勇気をくじき、自分のほうが劣っているという劣等感を不必要に膨らませ、越えられなければ不適切な行動に走らせてしまう可能性があるということを覚えておきたいものです。



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posted by 高橋直子 at 17:15| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする