2015年11月12日

公平とか仲良くとか・・。

こんにちは。仙台・盛岡・郡山でアドラー心理学のセミナーを開催しているアドラー東北の高橋です。


以前地区の集まりで顔を真っ赤にして怒っている人がいました。


理由は「役員をやった人とやらない人がいるのは不公平だ。」ということです。


その様子を見ていて思ったのは・・


「公平に・・・・。」を大事にする家庭に育ったんだろうな、ということと、特にその役員をやっていない人に対して何かしらの特別な思いというか不満を感じている可能性もあるなということ。


あんなに怒るなんてその人と何かあったのかもしれないし。。


年下に厳しいとかね。。


若い人たちに対してどうしても自分たちがちゃんとやったんだからあなたたちもやりなさいという雰囲気が強くて。。


その気持ちはよくわかるのですが、それで自分たちも辛かったはず。。


「これからこの地域に住んで良かった、住みやすい、と若い人たちに思ってもらえるようにしていこうよ。」


と言い続けて早や8年。


公平騒動は「大丈夫、そのうち回るからそんなに怒んなくてもいいんだよ。」という一言で収まりましたが、さてさて。。


「みんな公平に・・・。」本当にこれはあるんでしょうか?


学校や家庭では割と大事な価値観として伝えることも多いかもしれませんが、アドラー心理学の対人関係論で行くと、人それぞれに対応が違うのは当たり前のこと。


世の中不公平とか、えこひいきとか当たり前にあります。


このブログを読んでいる方の中でも、好きな人嫌いな人がいると思うのです。


嫌いな人とは距離を置きたい、好きな人には良くしてやりたい。

それは自然な感情だと思うのです。


もちろんあからさまに公の場で不公平を公然とやるのはどうかと思うけれど、実際人対人なんだから

そういう気持ちがどこかにあっても不思議はないと思いませんか?


あの顔を真っ赤にして怒っていた彼女は、ご近所の仲良しさんがその相手役の立場だったとしたらあそこまで怒るだろうか?ということについては疑問を持たざるを得ません。


「みんな仲良く」−嫌いがあってもいいじゃない。

「みんな公平に」−配慮があれば多少の不公平はあってもいいじゃない。


ちょっと持っている価値観を他者に向ける時に緩めてみる、そんなことで気持ちが軽くなるかもしれませんね。


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posted by 高橋直子 at 16:53| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月11日

抱え込みが減るのは「課題の分離」を知ったことによる。

こんにちは、仙台・盛岡・郡山でアドラー心理学のセミナーを開催しているアドラー東北の高橋です。



セミナーにおいでになる方たちがどんどん笑顔が増え、明るくなるのは自分の抱え込みが軽くなることが一つの大きな要因です。



特に「課題の分離」を知ると、自分が自分の問題でないことをたくさん抱えて解決しようとしていたこと、悩んでいたことに気が付きます。



本で課題の分離を分かったつもりでも使えません。



実際にセミナーで自分の問題を取り上げ「それはあなたの課題でしょうか?」という問いかけを受けて初めて気が付くのです。



そうか、、それは私の問題じゃない・・私が悩む必要がないこと・・私が解決しなくていいこと。。



それが腑に落ちるのです。

それからしばらくの間、自分に何か問題が起こったときに「これは誰の課題?」と考えることが続きます。



そして徐々に「誰の課題か?」がすっきりと分けられるようになっていくのです。



先日も学校の先生からこんな悩みが出ました。



「先生はえこひいきしている。」と生徒が言うんだそうです。



「他の学年ばかり可愛がっている。」というのです。



先生は先生なりにその反抗的な学年の子どもたちにも働きかけをしているのですが、それには反応しなかったり無視したりするんだそうです。



「一生懸命やる子たちのほうにについつい関わりたくなるんです。」とおっしゃっていました。



それを生徒さんたちは「えこひいき」というわけです。



これは人として当然のことですよね。

だって自分に気持ちよく接してくれる人たちのほうに近づきたいのは誰でも同じですもの。



「自分たちの事も可愛がって欲しい」と思うのであれば、「先生が関わりたい」と思うような行動を自分たちがしているかどうかその生徒さんたちは考えるべきです。



「自分たちは何も努力をしない、でも自分たちの期待には応えて欲しい」というわけです。



これは先生の課題ではありません。生徒さんたちの課題です。



「えこひいきしている。」と言われた先生はとても傷ついていました。自分の力量が足りない、努力が足りない、自分は教師の資格がないのではないかと自分をとても責めておられました。



自分の課題ではないということが腑に落ちて先生は肩の荷が少し軽くなられたようです。



「あなたの問題でないことはお分かりになりましたね。さてそれではこれから生徒さんとの関係改善のために何ができるかご一緒に考えてみましょうか。」と申し上げました。

どうしようもないと思っていたことに、何がが出来そうな希望の光が射したのです。
その先生の顔が輝き始めたのは言うまでもありません。

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posted by 高橋直子 at 15:34| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月10日

自分を変えるという事は・・・。

こんにちは。仙台&盛岡&郡山でアドラー心理学のセミナーを開催しているアドラー東北の高橋です。



自分を変えるー怖いなと感じておられる方は多いです。



なぜかというと未知の世界であるから



それと・・自分の今まで大事にしてきたものが壊されるように感じる人もおられるようです。



だから恐れている人のことはなんとなくわかります。



普段わたしのセミナー会場には、自分の抱えている問題について「自分の対応を変えるだけで問題が良い方向へ進むのであれば自分で対処したい」という実に前向きな人たちがいらしているので、皆さんどんどん提供された情報を自分の中に取り入れていきます。



でもたま〜に、「そんなことは受け入れられない!」と思う方が混じってきます。



その方が大事にしている価値観・それはたとえば「子供の問題は親に責任がある。親が指導して解決にあたる」といったようなものだったり、自分が当たり前と感じていた日常の事柄だったりします。



それが翻されることが多いので、びっくりしてしまい、時には声を荒げる方もおられます。



そんなときは、だまって相手の言葉を受けておきます。

新しい価値観を受け入れる準備の整っていない方に何を言っても駄目だからです。



そして相手がそれを自分でそうする、し続ける!!と決めているうちは無理です。



さて自分の持っている価値観について皆さんは考えたことがおありでしょうか?

疑いもせずに今まで来ている人が多いのでしょう。私もそうだったのでよくわかります。



でもなぜかとっても生きにくい・・・。



そう感じた方が私のところに集ってきてくださっています。



生き難さがどこから来るのか・・・その答えがアドラー心理学にはあるのです。

だから新しい価値観を受け入れても自分の生き難さを改善したい人だと良く理解してくれますし

また素直に自分を変えていこうとします。



新しい価値観を受け入れても今までの自分を捨てることにはなりません。

今までの自分を否定することにはなりません。



そのことに気が付いてくれればいいのだけれど・・・とそんなことを最近考える機会がありました。





アドラー心理学で自分が自分の人生の主人公になる・そう決めてくれさえすればいいのだけれど。。



アドラー心理学講座はアドラー東北で毎月開催しています。

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posted by 高橋直子 at 16:25| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする