2015年11月17日

面倒くさい・くだらない・うるさい・放っておいて

こんにちは、仙台・盛岡・郡山でアドラー心理学のセミナーを開催しているアドラー東北の高橋です。



「面倒くさい」「くだらない」「放っておいて」「うるさい」



これは私の口癖でした。(過去形)



今はほとんど出ませんが、アドラー心理学を学ぶ前は良く口をついて出ていました。



そのうちの今日は「面倒くさい」という言葉について書いてみます。



「面倒くさい」−やりたくない・迷惑だから持ち込まないで・・という気持ちだったんだと思います。

わたしの邪魔をしないで・・です。



家族の誰かが何か問題を起こしたとき、自分がそれを解決しないと・・となるとこの言葉が出てきました。



また地域とのかかわりで自分が出かけたり役を受けたり。。そんな時もこんな気持ちでいました。



自分のやりたいことだけやりたいようにやれるときが自分にとっては快適で、自分が自分でのぞんでいないことを引き受けるのが嫌だったのです。



「協力」という事とは無縁の自分がそこにいたのでした。



で、振り返ってみると家族の中でこの言葉を連発していたのは「父」であり、また「母」でありました。



私は二人を長らく受け入れられないでいたのですが、今は理解することが可能になりました。



父や母はどんな気持ちでこの言葉を使っていたのか・・と考えると、「自分の事で精いっぱいだからこれ以上負担を増やさないで・・。やることを増やさないで。。」という気持ちだったのかもしれません。



「自分の事だけ」、すなわち自己中心的な考え方であり、自分がよければOKであり、そこには他者、家族は存在しません。



今は私自身がどう考えているかというと



「家族だから自分の意に染まないことも協力して解決へ向かっていこう」という風にシフトしています。

もちろん、本人に解決してもらうことが前提ですのでまずは「勇気づけ」て自分で解決してもらうことを提案します。



そのうえで私にできることがあれば協力するから言ってちょうだいと伝えるのです。

そして協力を求められたとき進んで協力する自分が今はここにいます。



以前とは全然別の自分。



もしも家族の誰かが困っていた時、面倒だと感じて放っておく、関わらないでおく、そうされたらどう思うのか・・。



他者に対する「共感」という気持ちが私には完全にかけていました。

長い時間がかかったけれど、そんなことも含めてのアドラー心理学の実践は、ささやかでも確実に私を進歩させてくれています。



こういった言葉の数々・自分がつい行ってしまう言葉の数々はある共通項があります。

それぞれの言葉と向き合い考えていくうえで気が付いていく方もおられるかもしれませんね。



アドラー心理学と出会い日々その実践方法を試行錯誤するのはまさに自分を知り・自分育て・自分磨きです。



ぜひピカピカのあなたになってくださいね。
磨けばだれでも光ります。



アドラー心理学講座はアドラー東北で

http://adora-tohoku.sakura.ne.jp

posted by 高橋直子 at 16:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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