2016年02月03日

子どもを褒められたら「ありがとう❤」って言ってみよう。

こんにちは。アドラー東北の高橋です。
今日は節分。明日にはこよみの上では立春です。

今日も雪が降っていますが、確実に春は近づいていますね。

先日こんな記事を見つけたので投稿します。

文部科学省の「高校生の心と体の健康に関する調査」で、自分自身について「私は価値があるか?」という問いにあると答えた高校生の%が載っていました。

アメリカは89.1%・中国87.7%・韓国75.1%・日本36.1% だそうです。

日本の子供はこんなに自己肯定感が低いのです。

日本には謙遜の文化がありますから、自分を低めて相手を高めるのは日常ではよくあること。

うかがったお宅への手土産に「これ、つまらないものですけど。」と手渡して、相手が「まあこんな高価なものを。ありがとうございます。」という具合になる。

普段はこんな高価なものは買いませんが、あなたを訪問するので。。という意味になるかと思います。

誰も「つまらないものをよこして。」とか言わないですよね。
&「つまらなものだなんて、0和の羊羹や0半の佃煮に失礼じゃないか。」
とも言わないです。(^−^)

でも自分の子供についてはそろそろ謙遜はやめてもいいのでは?と思うのです。

「お宅のお子さんは素晴らしいわね。」と言われて大概「いえいえうちの子はそんなたいしたあれじゃありません。」なんていうのはよく聴きます。

これ自分が言われたと考えてください。

一生懸命頑張って何か結果を残して、それを親の前で他の人に褒められた。

それに対して親が「いえいえうちの子はたいしたものじゃないです。」と、いかに謙遜とはいえ言われたほうはいい気分がしません。

「お母さんが努力したわけでもないのに。。」と子どもは思います。

自分と子供を一緒くたにするのは、勇気づけの視点からもあまり良いことじゃありません。
自己肯定感を低める結果はこんなところにも出ているような気がします。

最近思うんですけど、何か事件があって亡くなった方があると、親や身近な方がなくなった方をとても褒めておられる。
国民栄誉賞もなくなってからいただいたりしてね。

生きている間に言われたり、もらったりしたら本人どれだけうれしかったろうかと思うんです。

もちろんこのメルマガを読んでいらっしゃる皆さんは「褒める」と「勇気づける」の違いをご存知でしょうから、評価でもなく上から目線でもなく、相手が誰でも
「勇気づけの対応」ができれば一番いいのですけれど。

もしも今度どなたかに自分のお子さんを褒められる機会がありましたら、こんな風におっしゃってみてください。

「ありがとうございます。自分のことのようにうれしいです。」

いきなり
「そうなんです。うちの子は素晴らしいんです」とは言えなくても上記のような表現をすることで間接的にお子さんを勇気づけることができると思います。

考えてみると一度も親から褒められたことがない私ですが、アドラーに出合って「謙遜」とは無縁になりまして(笑)、あくまで自分が基準でよくやったのか、やらなかったのか・・で自分を褒めたり叱咤したりしています。

今回もお読みいただきありがとうございます。

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アドラー東北
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posted by 高橋直子 at 17:57| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする