2015年11月01日

自分の建材

おはようございます。仙台・盛岡・郡山でアドラー心理学のセミナーを開催しているアドラー東北の高橋です。


アドラー心理学では、自分の性格というかいわゆるライフスタイルへ形成の影響因子として、様々な要因があると考えています。


家族の雰囲気であるとか家族の大事にしている価値であるとか、何番目に生まれたかとか。。


生育環境はあくまでも家を建てる建材であり、それをどう使ってどういう家を建てるのかは自分が決めているとしています。


教師の親を持つ子供が厳しくしつけられても、みんなが暗い性格になるとは限りません。

自分も教師になり厳しい先生になるとは限らないのです。


そういう意味で影響はあるけれど、自分で決めてそうなっているという自己決定性の立場をとります。


親を反面教師にして自分の建材を使って明るく伸び伸びとした性格になることだってできるのです。


自分で決めてそうなっているので自分で決めて変えることができます。

それって、実はとても素敵なことですよね。


自分はいつからでも自分で決めて自分の幸せな生き方を選択できるのですから。


アドラー心理学を学ぶならアドラー東北へ

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posted by 高橋直子 at 06:30| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月29日

学校に行く・行かないという選択肢

おはようございます。仙台・盛岡・郡山でアドラー心理学のセミナーを開催しているアドラー東北の高橋です。


「おかあさん、私学校へ行きたくないの。。」


そんな問いかけをSMILEで受講生の皆さんにやっていただきました。


「そう、、何かあったの?」


と子供役の方の話を聴きながら・・その裏側では「うまく対応しなくちゃ」とか「なんとか行かせるようにしむけなきゃ」とか、親役の方たちの思惑がありありと・・・。


その気持ちはよくわかります。


わたしのところには不登校やいじめでお子さんが日常生活に支障をきたしている親の方がたくさん見えられます。


きっかけをつかみたくて必死なのです。


ところがです。アドラー心理学を学ぶことでこんなことにまず気が付きます。


「学校へ行かないのは自分(親)の問題じゃないんだ・・・(汗)」


そうです。


「子どもの問題」=「自分の問題」にはならないのです。


ということは、親が解決しなくてもいいし、もちろん子どもが学校へ行かないことで自分を責める必要もありません。


もしもいじめで「学校へ行くくらいなら・・いっそ・・・」とお子さんが思いつめていたとしたら?


「無理に行かせること」は決して現実的な選択肢とは言えません。


いらしてくださっている方たちのお話をうかがっていると、学校へ行かない子供の問題を解決しようとしなくなった時点で事態が少しずつ好転していくのは良く見受けられます。


いじめにしても不登校にしても、子どもが自分の問題を自分で解決する力・能力を信じて見守り支え続ける。


そんなことが学びを通してわかってくるように感じています。


年内最終の郡山勉強会は11月3日(祝日・火)午前9時より「いじめ問題」について取り上げます。

どなたでも無料で参加できますのでお気軽にご来場くださいね。


不登校・いじめに関するご相談はアドラー東北

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posted by 高橋直子 at 15:07| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月27日

試してみましょう。

こんにちは。仙台・盛岡・郡山でアドラー心理学のセミナーを開催しているアドラー東北の高橋です。


この間の勉強会で「通りすがりに毒を吐かれてすごく嫌な気持ちになる。言い返したいけど、言い返せない。言い返したほうがいいんでしょうか?」というご相談がありました。


狭い田舎のエリアで暮らしていると、ちょっとしたことで妬みや僻みを買ってしまうことがあります。


ご相談の方の場合にも、自分のお仕事を一生懸命しているというだけのことで、ちょっと知的なお仕事という事もあり、妬みの対象になってしまっているようです。


うわさも尾ひれがついてどんどん広がっていきますので、顔を知っているだけで実際の生活には関わりがない人にも通りすがりに「あいつは〜〜なんだよ。」といわれてとても傷つくとのこと。


それじゃ、実際にやってみましょうか?ということで


「言い返した場合」−あなたの気持ちは?相手の気持ちは?


「言い返さない場合」−あなたの気持ちは?相手の気持ちは?


どちらがベターですか?と確認してもらいました。


言い返した場合には「自分が一時的にすっきりする」ことがあるかもしれないが、ねたんでいる相手との関係がよくならない、下手をすると悪化する、わかってもらえそうもないというリスクがあります。


「言い返さない場合」−自分は多少気分の悪さは残るけれど、ねたむのは相手の課題なので自分の問題ではないと理解できる。段々最近は気にならなくなってきた。


とのこと。


どちらを選びますか?とお聴きしましたところ

「言い返さない」ほうを選択なさいました。


それじゃ、それでやっていきましょうか。と結論が出ました。


「人間だからもしもムッとして言い返してしまうこともあるかもしれませんが、そういう時も自分を責めないようにしましょうね。だって腹が立つのは自然なことだと思うし。。」と申し上げました。


その方は最初に勉強会にいらしてからもう2年になりますが、自分の中のぐちゃぐちゃにもつれた糸がほぐれていくに従いお顔の表情が明るくなり、最近はすっきりして帰って行かれることが多くなりました。


今年の勉強会も11月で最後です。

もしも自分一人で抱えて悩んでいることがあるのであれば、ぜひ勇気を持ってご相談にいらしていただければ嬉しいです。


ご相談はアドラー東北まで

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posted by 高橋直子 at 15:53| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月26日

友とは?親友とは?

こんにちは。仙台・盛岡・郡山でアドラー心理学のセミナーを開催しているアドラー東北の高橋です。

昨日は仙台で10月最後の講座を開催しました。体調の悪い中、また遠くからご参加くださった方もおられいつものことですが、ご参加の皆様の熱意の高さを感じた一日でした。
ご来場いただいてありがとうございました。

 さて今日のお題は「友とは?」「仲間とは?」というお題です。
SMILEでは、親子を横の関係として友であり仲間であるというスタンスを目指すことを勧めています。

ちょうど第三回の基礎講座では認知論を取り上げましたので、ひとぞれぞれ私的論理(すなわち起こった出来事・事柄・言葉に対する意味づけ・かけているメガネ)が違うということを学びました。

認知論に基づいて考えれば当然、「友」や「仲間」という言葉に対しての意味づけも違うのでは?と思いましたので、勉強会で皆さんのご意見をうかがってみました。

あなたにとっての「親友とは?」という問いかけです。

皆さんは友である、親友である、仲間であるといった場合にはどういう定義をなさるでしょうか?

今回アドラー心理学でいうところのコモンセンス(共通感覚・自分と他者にとって健全で建設的・現実的な考え方―であること・ワークブックをお持ちの方はP79参照)に沿った言葉が皆さんから出ました。

私的論理は、このコモンセンスに近づけるのがいいとアドラー心理学では言われています。

親友とは、何でも言える、気を使わなくて済む、会っていない期間があってもあえばすぐに話しが弾む、嫌なことも言ってくれてそれを素直に聞くことができる、などです。

中には「普段忘れている人」という発想もあり、参加者の皆さんと思わず「なるほど・・・。」とうなってしまいました。

ついでにそれでは自分とその方との距離感についてはどうですか?とうかがったところ、必ずしも密着度が高いわけではなく、また近すぎるということはないようです。
「あんまり近くないかも・・。」という声も出ました。

他者との心地よい距離感と言うのは、これも人それぞれ違うのですね。
ですからある人によって心地よい距離感であっても他者にとっては居心地が悪いということも起こり得るのです。

 誰とでもうまくやることは必要ないと思いますし、不可能なのですが、相手の心地よい距離感を感じとる力と言うのは実は「共感力」につながるのでは?と感じています。

 相手の心地よさを理解し、相手が不愉快に感じない距離を取ることができる人。人間関係上手な人はきっとそれができているのかもしれません。

相手が自分に合わせることを期待するのではなく、相手に合せて自分の対応を変えることのできる勇気がある人とも言えるでしょう。

そう考えると、親友とはきっとお互いの居心地の良い距離感がぴったりマッチする人と言えるのかもしれませんね。

<行事案内>次回の仙台のご案内

11月29日(日)午前9時〜勉強会、10時半〜基礎講座、午後はSMILE最終回
PARM-CITY131 ANNEX5D(別館になります。)
「ちょっと早めの忘年会・仙台」−集合3時50分アエル一階ロビーに集合 4時から駅前で2時間ぐらいを予定しています。忘年会のみ参加も可能です。

配信先―アドラー東北
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posted by 高橋直子 at 16:48| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月23日

お子さんの力を信じてみませんか?

こんにちは。仙台・盛岡・郡山でアドラー心理学のセミナーを開催しているアドラー東北の高橋です。



自分の子どもが苦労しているのを見るのは親にとって辛いことでしょう。



そのつらさを我慢できずに

親が子供を助けることがあると思います。

しかしそれが子供を甘やかすことになり子供の教育の妨げとなるとしたら・・。

今日はそんなことを書いていきます。



母親が子どもにとって優しい親であることは大事なことでしょう。

しかし「優しい」のと「甘やかす」のは違うのですよね。



甘やかすとは子どもが自分で自分のことをしようとする機会を親が助けることで奪ってしまう事です。



「あなたにはまだ無理よ、できないと思うの。だから私が代わりにやってあげますから。」というわけです。



「この子は私がいないと駄目なのよね、何もできないのよ・・。」と子供を自分に依存させそれによって自分が存在している意味を見出し、自分の価値を高めようとするのです。



そして結果として子供を「親なしでは何もできない」依存的な子どもにしてしまいます。



甘やかされた子どもは親といる時には親に、また社会にでれば社会の仲間に、そして結婚すれば配偶者にパラサイトするのです。



親がすべきは子どもの問題を代わりに解決してあげることではなく、子どもが一人で自分の問題に向き合いそれを解決できるように勇気づけることだけです。



ご相談にいらした方によくこんな言葉をかけます。

「お子さんの力を信じて任せるという選択をしてみませんか?」と。



アドラー心理学を学ぶなら、子育ての悩みを解決するならアドラー東北へ

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posted by 高橋直子 at 16:13| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする